【Gilles adore…】1
はじめは――ジャンヌから問うたのだ。
『わたくしの元帥殿、恋人はおられますか?』
と。
『いいや。――読書、くらいかな』
ジルが見返し、手に持った本を差し出して冗談めかして言った。
ジャンヌは自分が読めない本を悲しげに見る。
『誰か、想っている方はおられますか?』
『………』
ジルの冷ややかな目が、少し驚いてジャンヌを見た。
『元帥殿、申し訳ありません、出過ぎた質問を……』
『いいや、質問を続けていただけますか、乙女?』
『わたくしの元帥殿、あなたは私をどう思っておられますか?』
『何を言われるかと思えば。大切な友人だ、勿論』
『はい、ありがとうございます。ですが、私は……。私は疚しい人間なのです、あなたに友人以上の感情を抱いています。
もし、あなたさえ良ければ……私を恋人にしてくださいませんか?
あなたが自分のお城に帰るときまで、私が大貴族のあなたにとって、ただの農民の娘になってしまうまでは……』
『何と、ジャンヌ。私などで良いのであれば、喜んで、永遠にでもお側に置いて頂きたいものですな』
貴族らしい慇懃な言葉だったが、ジルは優しく微笑んでくれたのだ。
それから。
二人は元々いつも一緒に居たが、人目を盗んでキスをするようになった。
庭園を歩き、初めての接吻を。
ジルは思った通り穏やかで優しく、優雅で、ジャンヌにとっては内心自慢の恋人だった。
ジャンヌは今まで恋などしなかったが、ジルが援けてくれる為、心を許している。
二人は川遊びのボートに乗り、人目につかぬ木陰に寄せて、二度目の接吻を。
ジルはジャンヌからささやかに求める接吻の欲求に、すぐに応えてくれる。
だが、キスの後はすぐに頬にキスをして、終わりを告げてしまう。
抱き締めてくれるが、それは優しい腕で引き寄せてくれるだけだ。
ジャンヌが首にキスしようとすると、唇に返してくれるが、それで終わる。
実は、ジルこそ、無垢で清廉なジャンヌを大事に思っているのだが、ジャンヌは少しだけ不服――その理由はこれだ。
――――――――――
ある日もジルの部屋で、二人して寛いでいた。
四人掛けのテーブル、書斎机、大量の本、そして部屋の一角には衝立と天蓋付きの寝台。
「私が入ったのは、まだ二度目ですね」
ジャンヌが衝立を脇に寄せ、寝台に転がると、ジルは何も分かっていないかのように、苦笑した。
「お疲れですか? どうぞお休みになられては、ジャンヌ」
などという。
ジャンヌは、もしジルが狼に変身したらどうしよう、と少し心配になっていたというのに。
ジルはベッドを背に床に座り、読み掛けだったらしい歴史書を手に取る。
それに夢中になり、ジャンヌを放って、文字を追うのに耽り始めた。
ジャンヌはそれを寝転がったまま見つめているうちに、眠ってしまったらしい。
度重なる戦で、疲れていたのも、事実だった。
しばらく、うとうと、していただろうか。
目覚めると、ジルはジャンヌの隣、ベッド端に腰掛け、こちらを見下ろしていた。
「元帥殿、私、寝てしまいました」
「すみません、もしや退屈でしたか」
ジャンヌが横になっているのを眺めていたらしいジルは、ジャンヌが起きたのを見て、隣に上がって、自分も横になった。
「あ……」
期待に胸が高鳴り、ジャンヌが起き上がり、横になったままのジルにそっとキスをした。
舌を入れようと拙く動かすが、ジルはキスをやめて、微笑んだ。
止められた、のだろう。
ジャンヌはジルの戦士の胸に凭れ、また横になった。
温かい。
ジャンヌを守ってくれる後見人、ジャンヌの影の形に添うように戦ってくれる副官、元帥殿の鼓動が聞こえる。
「………」
元帥殿はずっと、私には、触れないのだろうか――。
当然といえば当然、私は”性”など、決して感じさせないようにして今まで来た。
まして、ジルは”倒錯趣味”があると噂だった……。
胸板から顔を上げ、座ってしまったジャンヌにジルも起きて声を掛けた。
「どうされた、ジャンヌ?」
「わたくしの元帥殿は本当に、素晴らしい方です。まるで天使のように清らかで……」
「何を言われる。それはジャンヌ、あなたの方ではないか」
「私は……違います、だって、あなたは……っ」
「ジャン……?」
「私……私は浅ましいですか? 私がこんな姿だから、お嫌ですか?
でもあなたは、私が……女の格好をしても、とても優しくして下さるだけで――。あなたは考えもしないかも知れませんが、私は繋がりが……」
ジャンヌが真っ赤になって俯き、しかし最後まで言い切った。
「身体の繋がりが欲しかった。いつ、お別れすることになるのかさえ、私には分からないのですから」
「――考えもしない、ですと?」
器用にジルの眉が片方だけ上がる。
ぐるん、とジャンヌの視界が回転した。見ると、すぐ上にジルの美しい顔がある。
眉根を寄せ、吊り上がって不機嫌そうだ。
――怒っている。
「あなたが仰ったのではないか、私の乙女。肉の交わりなど見苦しいし、醜く穢れているのに、世の人が行うのが不思議に思う、と。
だからずっと私は我慢していたのですよ、ジャンヌ。
なのに、あなたは無邪気に接吻を求め、触れてこられる、幾度と無く。ある時など、あのように美しい婦人の姿で、私の腕を取られた。
どれだけ私が自分を抑えて煩悶したことか!」
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