ファントムクォーツ 下






 フーデットの迷いに、シルクのほうが感づいた。

「お尻でも……いいわ」

「嘘つき女め」

 冷酷にではなく、言ってやると、シルクはそれでも、

「いいの」

 と、首を振った。

 だが、不安そうに潤んだ瞳が、後ろは処女だと訴えている。
 
 シルクにとって幸いなことに、フーデッドはこのことに関しては慣れている。
 
 先程ベッドに行った時点で見つけていた――本能か?――ベビーオイルを片手に取って、指で弾いて開けた。

 切れてしまっては、痛いだろう。

「そんなの、お尻に塗って大丈夫なの?」

 多量に手に出して、形の良い柔らかい尻に持っていくと、シルクが小さく抗議した。

「大丈夫じゃなかったら、訴えてやれ。映画スターが相手じゃ、この会社だって膝を折る」

 シルクが笑い、身体から力が抜けた。

 そこで指を引き抜き、もう一度二本で挿入した。
 
 倍に増えた圧迫感に、シルクが呻く。だが、大丈夫。まだ苦痛ではない。
 
 違和感。苦しみ。
 
 不幸なことに女には前立腺がない。アナルの中をこすってやって好くしてやることはできない。
 
 が、女でもアナルが好くてたまらない、というところまで開発されることもあるようだ。
 
 中に指を入れて、ゆるゆると動かすのを続け、やっと弛緩し始めた頃に、抽出を始めた。

 乾く前に何度もかけて、滴り落ちていくベビーオイルが、尻を濡らしていく。

「お漏らし……したみたい」

 不服そうな声だったが艶交じりで、シルクの顔もまた仄かに赤くなって、段々と萌して来ているのは伝わった。

「んっ……」

 指を増やすと、シルクの顔が歪んだ。三本は流石に、苦痛があるようだ。
 
「お前のナカ……、随分すべりが良くなったぞ」

 耳元で囁いてやった。シルクの頬が赤くなり、恥らうようにあけた目を伏せる。
 
 同時に、きゅっと後腔が締まり、上の穴からまた蜜が零れ落ちた。

 男の指で三本。もう、大きいとはいえ、フーデッドのものを入れても大丈夫だろう。
 
 指と違って硬いのがネックだが。
 
 指を抜き、フーデッドはシルクの膝裏を取って、腰を上げさせた。
 
「……大きく息を吐け」

「もう! やめてよ。私を誰だと思ってるの」

 声変わりも前の花も恥らう美少年のはずが、今はシルクスペクターとしか思えないが……。
 
 フーデッドが答えに詰まった一瞬で、シルクが捲くし立てた。

「ウブな田舎娘だとても思ってるの? おあいにくさま、処女は貫通済で、体の開き方くらい知ってるわよ」
 
 ああ、そういう意味か。

 フーデッドが処女の男を相手にするようにしていたのが、気に入らないのか。

 処女の男……否、男のほうが好きだが、男にはこんなに優しくはしない。
 
 男並みに強くても、やはり女は男ではない。フーデッドはとりわけ騎士道精神に溢れているわけではないが、欧米のコーカソイドとして普通の感覚は持ち合わせている。

 フーデッドが笑みを浮べたのが、分かったのだろう。シルクも少し照れたような微笑を浮かべて、見返してきた。

 フーデッドは己の額をシルクの形のよい額にくっつけ、それを合図に身体を起こした。

 女が大きく脚を開き、男は手を添えて、披いた二つ目の穴に押し付ける。

「ア……」

 先端の膨らんだ亀頭が挿入を成した後も、シルクが本気で協力していたにも関わらず、フーデッドの砲身の半分も入らない。

 男の筋肉にも汗が噴出し、息が荒くなった。

 しばし留まって、フーデッドは圧し掛かる体勢が、シルクの折曲がった下腹を押して、痛みが増していることに気付いた。
 
 女でも膣の位置が後ろにある場合は、正常位が苦痛なものだ。

 今は、後ろに入れているのだから尚の事。
 
 バックから突ければいいんだがな。
 
 だがそれは無理なので、フーデッドは身体を起こし、抜けないうちにシルクの腋に手を入れて軽々と持ち上げる。

「あ、――っ」
 
 体位を入れ替え、小さなシルクを男の腿に載せる形で、対面を取ったのだ。
 
 シルクは筋肉がついているので、女とはいえ普通の細い女よりも重い。が、フーデッドにとっては大した違いはなかった。
 
「やっ、あ……ああ」
 
 シルク自身の体重でフーデッドの大きなペニスが、先程より少し奥までゆっくりと侵入した。

 か細い悲鳴とともに、シルクの細い指がフーデッドの胸に縋って掻き毟る。
 
 女の身体にうっすら汗が滲み出し、大きく息を乱した。
 
「どうだ」
 
 落ち着いた頃、問う。

「変、こんなの……っ、死んじゃう」
 
 きつく寄せられた柳眉が、違和感と苦痛を如実に知らせてきた。

 赤かった顔色も、少し醒めてしまったようだ。

「ウ…ッ」
 
 ずくん、と下腹に衝撃を受けて、フーデットの陽根にも伝わる。脈打って、大きく硬くなった。
 
「あ……」
 
 涙目で、フーデッドのマスク越しに顔を見つめてきたシルクが、問い掛けている。
 
”感じてるの?”
 
 言葉はなかったが、なぜか通じた。
 
 そうか、フーデッドは男とばかり付き合ってきたから、忘れていたのだ。
 
 女は、こうしたコミュニケーションに、男よりもずっと長けていることに。シルクのようにコケティッシュなタイプなら、より上手い。
 
 もちろん、バカな男は赤信号を”進め”だと取って、憎まれるわけだが。
 
「ああ」
 
 快楽の呻きとも返事とも取れるように息を吐いて、腰を揺すり上げる。

「ん……」

 自分で言ったとおり、男のしていることにゆっくりと己の女体を順応させ、シルクは早々とフーデッドのしていることに馴染んでいった。
 
 シルクはシャツの上から、大きく盛り上がった自分の乳房に触れていた。

 触れているという表現はいささか控えめか。揉みしだき、明らかに陶酔している。

「その方がいいんじゃないのか? 男は下手だからな…」

「意地悪…」

 赤くなったシルクの瞳から、眼球が溶け出しそうなほどとろりと潤んでいた。

 非道を責める涙目は、フーデットの好みだ。

「……すまない。優しく、できそうもない」

「いいの。ちょうだい」
 
 すでに痛みばかりではないようで、上気した頬と赤く濡れた唇、潤んだ瞳が女の性の悦びを伝えてくる。

 烈しく揺さ振り、フーデットは狭い内壁を突きまくった。

「ア、アァア―――」

 尾を引く細く甘い断末魔が、フーデットの終幕を決定する。

 一瞬で引き抜き、シルクの腿に精液を吐き出すと、女特有の花びらを押し潰したような臭さが薄れ、むっとする男臭さだけが残った。

 シルクが嫌悪感を抱いていないといいが……と思うが、シルクは身体を離されたことにホッとしているらしく、文句はなかった。

 フーデットが隣に倒れ込むと、シルクは気だるそうに胸の上に載ってきた。

「ねえ、女って好かった?」

「ああ、悪くない」

 ぺち、と音がしてフーデッドの手が叩かれた。まるで、オイタをした子供がされるように。
 
「ちょっと! これだから嫌なのよ、男好きは。そういうときは嘘でも、エクセレント!か、お前がベストだ、って言うべき場なの。分かった?」

「……」

 悪いが、男とファックしたときと比べてどうかと問われれば、最高とは言い難い。

 そう言うわけにはいかないだろう。

 だから、フーデットは真実を言った。

「最後まで抱けたのはお前だけだ。俺の最後の女になるだろう」

 真実は、シルクを最高だといったわけではなかったが、ベストだったらしい。

 シルクは微笑み、またフーデットの胸の上に頭を乗せた。

「私、結婚するわ」

「―――」

「怒った?」

「いや……」

「そりゃそうよね、だってあなたがしてくれるわけじゃないし」

 言葉には、悪びれたところは何処にもない。

「今夜のことは?」
 
 シルクは汗ばんだフーデッドの黒いシャツの下の胸を撫でながら、
  
「いいのよ。私がまた男とファックできるか、試したかっただけ」

 次に彼女は、顔を上げてフーデッドの顔を覗き込んだ。

「二人だけの秘密にして、くれるわよね?」
 
 女の変わり身の早さには、いつも驚かされる。
 
 が、まあ、フーデッドも同じだ。
 
 これから帰って何事もなかったかのように振舞うのだから……そういう意味で、シルクのセックスへの無邪気さは、まるで男のように屈折がなかった。
 
 ファックしたいから、ファックする。そこに理由があっても、理由付けではない。

 まるで、男だ。

「ああ。俺もお前との事がバレたら、それはそれで困る。――嫉妬したあのガキに、殺されかねんしな」
 
「ガキ? ああ、コメディアンのこと……何で嫉妬するの? 俺がやれなかったのに、ってことで? でも腑に落ちないわ、彼だって、私を処女とは思っていないでしょ?」
 
「男は、厄介なものだ。――ある女がいて、突然、ヤリたくてヤリたくて仕方がなくなり、夜も眠れん性欲で、気が狂わんばかりになるんだからな」
 
「性欲、ね」
 
 呆れきったようにシルクが呟いて、コメディアンと同性であるだけで罪だといわんばかりに、フーデッドの乳首の位置を正確に見つけて、抓った。

 体を繋げた後の気安さで、フーデットは唸った。
 
「続きがある、シルクスペクター。俺が気になってるのは」
 
 フーデッドは不服に思って唸り、その火傷が残る小さな手を掴んでやめさせ、そのまま握った。
 
「誰があのガキに、その性欲が、愛ではない、と言ったのか……」
 
 シルクが息を止め、体を強張らせる。

 女の気持ちとは判らない。フーデットがまずったかと言い訳した。

「まあ、そういうことだ」

 シルクは。

 フーデットの意思を確かめるかのように手を握り返し、吐き出した溜息は男言葉で。

 嘲笑った。

「まったく、男ってやつは!」





 Fin.